
東京都文京区にある小石川後楽園を散歩してきました。この日は六義園を散歩したあと、小石川後楽園に移動してきました。
こちらは石造りの門柱が並ぶ西門入口です。門の奥には大きな木々が茂り、園内へ続く道が見えます。
小石川後楽園は江戸時代に水戸徳川家が造った庭園で、二代藩主の徳川光圀の時代に完成したそうです。

園内を歩いていると、木々の間に朱色の橋が見えてきました。こちらは小石川後楽園の「通天橋(つうてんきょう)」です。
橋の周囲にはモミジが茂り、手前には大小さまざまな石が配置された大堰川が流れています。
通天橋は、紅葉の名所として知られる京都・東福寺の通天橋にならって名付けられたそうです。

通天橋の近くまでやってきました。朱色の欄干が付いた太鼓橋で、橋の下には石が積まれています。
右側には石畳の園路が続き、その先に大堰川が見えました。橋の周囲は木々に囲まれていて、日陰になる場所が多いです。

こちらは大堰川の風景です。浅い流れの中には丸い石がいくつも並び、奥には草で覆われた低い木橋が架かっています。
頭上にはモミジの枝が広がり、日差しを受けた葉が明るい緑色に見えました。
小石川後楽園の大堰川は、京都の嵐山を流れる大堰川を模して造られたそうです。

少し高い場所から大堰川を撮影してみました。川の中には沢渡りの石が並び、川沿いには石を敷いた園路が続いています。
頭上を覆うモミジの枝も、まだほとんど緑色です。紅葉の時期になったら、また違った景色が見られそうですね。
茅葺き屋根の丸屋と九八屋

こちらは「丸屋(まろや)」という建物です。大きな笠のような茅葺き屋根が特徴で、柱だけの開放的な造りになっています。
屋根の下には赤い毛氈を掛けた腰掛けが一つ置かれていました。丸屋は、田舎の素朴な茶屋を表した休憩所として造られたものだそうです。
それにしても、かなり大きな屋根ですね。

さらに木々に囲まれた園路を歩いていきます。道には大きな石が敷かれ、右側の斜面にはシダがびっしりと生えています。
木漏れ日が差し込んでいますが、周囲は少し薄暗く、園内のほかの場所とは雰囲気が違います。

こちらは小石川後楽園の「円月橋(えんげつきょう)」です。大きな石を組み合わせたアーチ橋で、欄干には細かな透かし模様が施されています。
橋の下には水が流れ、アーチ部分が水面に映っています。円月橋という名前は、橋と水面に映る姿を合わせると満月のような円形になることから付けられたそうです。
水戸光圀が招いた明の儒学者、朱舜水の設計といわれています。

園内には、こんな急な石段もありました。石段の左側には大きな丸い石が積まれ、上の方には木製の手すりが設けられています。
小石川後楽園は平らな場所ばかりではなく、こうした高低差のある場所も多いです。上るのは少し大変そうですね。

こちらは「九八屋(くはちや)」です。先ほどの丸屋とは違い、白壁と木の格子窓がある茅葺き屋根の建物です。
九八屋は、江戸時代の酒亭を再現した建物だそうです。名前には「酒を飲むには昼は九分、夜は八分にすべし」という、飲み過ぎを戒める意味が込められているとのことです。
江戸時代にも、飲み過ぎには注意という考えがあったんですね。
稲田と稲刈り後の風景

こちらは園内にある「稲田」です。田んぼには緑色の稲が残り、その間に細長い木の板が渡されています。
作業をするときに、この板の上を歩くのでしょうか。この稲田は、水戸光圀が公家出身の世継ぎの妻に農作業の大変さを教えるために造ったものだそうです。

こちらの田んぼでは、稲刈りが終わっていました。刈り取った稲が竹の棒に掛けられ、天日干しされています。
これは「稲架掛け(はざかけ)」と呼ばれる作業で、稲を乾燥させてから脱穀するためのものだそうです。
周囲には赤いネットも張られていました。東京の真ん中にある日本庭園で、こうした田んぼの風景が見られるのも面白いですね。
園内の石畳を歩く

最後に、木々に囲まれた石畳の園路を撮影。大小の石を組み合わせた道が緩やかに曲がりながら続き、その先には大きな石碑が建っています。
周囲には丸く刈り込まれた植え込みやモミジがあり、こちらもまだ緑色の葉が中心でした。
今回は小石川後楽園で、通天橋や円月橋、丸屋、九八屋などを見ながら散歩してきました。
紅葉にはまだ早かったですが、朱色の橋や大堰川のほか、稲刈り後の田んぼの様子も見ることができました。
六義園から続けて歩いたので、同じ日本庭園でもそれぞれ違った見どころがあって面白かったです。
今回の散歩スポット
| 施設名 | 小石川後楽園 |
| 住所 | 東京都文京区後楽1-6-6 |
| Webサイト | https://www.tokyo-park.or.jp/park/koishikawakorakuen/ |


