
2026年10月11日、川崎港開港75周年を記念して開催された「第53回川崎みなと祭り」へ行ってきました。
今年は帆船「日本丸」の一般公開が行われるということで、どうしても見に行きたかったのです。
ただ、8月にアキレス腱縫合術を受け、歩けるようにはなったものの、まだ長時間歩くのは難しい状態。
2日間の開催期間のうち、初日は行くのを見送ったのですが、やっぱり諦めきれず、2日目の朝になって急きょ出かけることにしました。

かかとのある靴を履くとアキレス腱に当たって痛いため、今回はサンダルで出発。
まだ足の具合が完全ではないので少し心配ですが、無理をしないように歩きます。
川崎みなと祭りのバイク駐車場

今回はバイクで会場へ向かいました。
公式サイトには駐車場の案内があったものの、バイクについての記載が見当たらず、停められるか少し不安でした。
実際に行ってみると、ちゃんとバイク用の駐車スペースが用意されていました。
駐車場は第1・第2とありますが、バイクを停められたのは川崎マリエン近くの第2駐車場です。
どうしても日本丸を見に行きたかった理由

実は、子どもの頃にも川崎港へ帆船を見に来たことがあるのです。
今から45年前の1981年(昭和56年)、川崎港開港30周年を記念して寄港した帆船を、親に連れられて見学しました。
こちらはそのときに親が撮影した写真です。
当時のことはあまり詳しく覚えていませんが、こうして写真を見ると、大勢の人が見学に訪れていたことが分かります。
そして今回、川崎港に帆船がやって来ると知り、45年前のあの船をもう一度見たくなったのです。
アキレス腱の具合が悪くなるかもしれないと思いつつも、どうしても見に行きたかった理由はこれです。
川崎港に来た、帆船「日本丸」を見学

おお! 日本丸が見えてきました。
4本の大きなマストに何本もの横木が伸びた姿は、45年前の写真で見た帆船そのもの。
45年ぶりの再会!
日本丸は、実習生が航海技術などを学ぶための練習帆船だそうです。

船尾には「日本丸」「東京」、その下には「NIPPON MARU TOKYO」と書かれています。
白い船体に青いライン、金色の装飾もなかなか立派です。

見学の順番を待っている間に、船首側も撮影してみました。
船の前方には「バウスプリット」と呼ばれる長い棒が突き出していて、何本ものロープで支えられています。
こちらにも日本丸の文字が見えます。

いよいよ日本丸に乗船。
甲板は木製で、大きなマストの周囲には数え切れないほどのロープが張り巡らされています。
見学者も多く、皆さん写真を撮りながら船内を見て回っていました。
日本丸の甲板にある設備を見学

船橋の上には大きなマストと、帆を取り付ける横木が何段にも並んでいます。
下から見上げると、ロープの多さに驚きます。
これだけの帆やロープを操作して船を動かすのだから、帆船の操船は大変そうです。

船首付近には、太い鎖がつながった大きな装置が2つ並んでいました。
錨を下ろしたり引き上げたりするための揚錨装置です。
鎖もかなり太く、間近で見ると迫力があります。

こちらは甲板に備えられた予備大錨(びょう)です。
説明によると高把駐力型の錨で、重量はなんと3,272kg。
予備だけで3トン以上もあるとは驚きです。

マストの周囲には、太さの違うロープや滑車が複雑に組み合わされています。
白い船橋には「IMO 8211502」の文字も見えます。
IMO番号は船を識別するための国際的な番号で、日本丸にも固有の番号が付けられています。

こちらはマストの途中を見上げて撮影。
横に伸びた帆桁(ほげた)の中央付近には、円形の金属枠のようなものが取り付けられています。
普段はなかなか近くで見る機会のない設備です。

別のマストを見上げると、色とりどりの信号旗が掲げられていました。
青空を背景に、無数のロープが交差しています。
こうして真下から見上げると、マストの高さがよく分かります。

マストの根元には、何本ものロープがきれいにまとめられています。
「ファイフレール」という設備で、帆を操作するロープを整理して固定するためのものだそうです。
これだけのロープを間違えずに扱うのも、実習の大切な仕事なのでしょうね。

丸い窓の付いた木製の扉が並んでいました。
一般の人が立ち入れない区画のようで、「Authorized personnel only(関係者以外立入禁止)」と書かれています。
白い壁と木製の扉の組み合わせが、いかにも船内という感じです。

甲板をさらに進んでいきます。
見学者が次々と乗船していて、船内はかなりにぎわっていました。
上には日よけのネットも張られています。

階段のそばには、金色の「号鐘(ごうしょう)」がありました。
時刻を知らせる報時や、警報、合図などに使われる鐘だそうです。
その下に並んでいる木の棒は「キャプスタンバー」。
ロープを巻き上げる装置「キャプスタン」に差し込み、人力で回すために使うものだそうです。

船の横には、オレンジ色の大きな救命艇が搭載されていました。
写真の艇には「3」の番号が付いています。
このような救命艇も何隻か備えられているようです。

救命艇に近づいて撮影。
こちらにも「NIPPON MARU TOKYO」と船名と船籍港が書かれています。

こちらでは、ヤシの実を使った甲板磨きの体験が行われていました。
半分に割ったヤシの実の繊維質の部分を下にして、木製の甲板をゴシゴシと磨きます。
練習帆船では昔から行われている清掃方法で、「タンツー」とも呼ばれるそうです。
実際に毎朝これをするとなると、なかなかの重労働ですね。
日本丸の船内と操舵輪を見学

続いて船内の様子を見学します。
下へと続く木製の階段がありましたが、今回は中に入ることができず、外からの見学のみでした。
壁や扉も木で仕上げられていて、甲板とはまた違った雰囲気です。

こちらは後部海図室です。
大きな海図台の上には海図が広げられ、周囲にはさまざまな航海計器が設置されています。
船の位置や航路を確認するための部屋です。

船の後ろ側には、大きな木製の操舵輪がありました。
帆走時に使用する操舵輪で、説明によると通常は2名、荒天時には4名で回すそうです。
人の背丈ほどもある立派な操舵輪で、これぞ帆船という感じがします。

見学を終えて、もう一度日本丸を撮影。
大きなマストや船内の設備など、普段はなかなか見ることのできないものをいろいろ見学できました。
足の具合が心配で最後まで迷いましたが、来てよかったです。
45年ぶりにあの船と再会できたと思い、とても満足しました。
ところが……。
45年前の船と再会したはずだった

家に帰って、1981年の写真と今回撮影した日本丸を見比べてみました(右下の子どもが僕です)。
すると、45年前の船の横に掛かっている幕に「KAIWO★MARU」という文字が。
あれ?
気になって、ほかの写真も確認してみることにしました。

船尾を写した写真を拡大すると、そこにははっきりと「海王丸」の文字がある。
日本丸じゃなかったの…
45年ぶりの再会だと思って見学したら、船名が違っていました。
その後、日本丸と海王丸の関係を調べてみたところ、少し面白いことが分かりました。
日本丸と海王丸は、どちらも船員を育成するために造られた練習帆船で、それぞれ初代と2代目があります。
1981年に親が撮影したのは、1930年に建造された初代「海王丸」らしい。
一方、今回見学したのは1984年に建造された2代目「日本丸」でした。
つまり、45年前には今回の日本丸はまだ存在すらしていなかったのです。
ちなみに、初代海王丸と初代日本丸は姉妹船で、2代目日本丸は初代日本丸の後継船にあたります。
45年前に見た船とまったく無関係というわけではなく、同じ練習帆船の仲間だったようです。
川崎市の「川崎港のあゆみ」にも、1981年11月、川崎港開港30周年を記念して千鳥町で海王丸の見学会が開催されたことが記録されていました。
また、初代海王丸は1989年に引退し、現在は富山県射水市の海王丸パークで保存公開されているそうです(富山まで行くしかないのか)。
アキレス腱の痛みをこらえてまで見に行ったのに……。
続いて、巡視船「いず」を見学します。
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